人間という生きもの

 
 「鬼平犯科帳」「剣客商売」「真田太平記」などの作品で知られる作家 池波正太郎氏は又すぐれたエッセイストでもあった。その中には今の我々が学ぶべき人生哲学が多くある。
 参考になるいくつかを紹介してみます。

 人間は生まれ出た瞬間から、死へ向かって歩みはじめる。
 死ぬために、生きはじめる。
 そして、生きるために食べなくてはならない。
 何という矛盾だろう。
 これほどの矛盾は、他にあるまい。
 つまり、人間という生きものは、矛盾の象徴といってよい。
 「日曜日の万年筆」より
 
 睡眠は一種の〔仮死〕といってよいだろう。
 人びとは、毎夜に死んで、翌朝に生き返る。
 生きるためには前夜の死が必要というわけだ。何とおもしろいではないか。
 そして、生きものの営みとは、何と矛盾をふくんでいることだろう。
 生きるために食べ、眠り、食べつつ生きて、確実に、これは本当の死を迎える日へ近づいてゆく。
 おもしろくて、はかないことではある。
 それでいて人間の体は、たとえ一椀の味噌汁を味わっただけで、生き甲斐をおぼえるようにできている。
 何と、ありがたいことだろう。
 ありがたくて、また、はかないことだ。
 「私の仕事」より

 ちかごろの日本は、何事にも。
 「白」
 でなければ、
 「黒」である。
 その中間の色合が、まったく消えてしまった。
 その色合こそ、
 「融通」
 というものである。
 戦後、輸入された自由主義、民主主義は、かつての日本の融通の利いた世の中をたちまちにもみつぶしてしまった。皮肉なことではある。
 「男のリズム」より


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