部下の一言
首の手術しかないとの思いから、部下の女性で以前、首の手術を受けられた、TYさんに思い切って電話した。(この頃は、課長職で病気療養に入って、3ヶ月が過ぎていた。)状況を説明し、整形では手術できないことを告げると、TYさん「整形は首の手術は最後に考えるんですよ。課長の場合は、私や母と同じ首の病気だとしたら、脳神経外科を受診してください。脳神経外科は、まず手術から考えるんです」ここで私の頭は混乱した。脳神経外科は頭の中、よく脳腫瘍を摘出したとか、そういうイメージを持っていたが、そうか、神経の通っているところなら脳神経外科の領域でもあるのか。
更新日時:
2009/09/16
木原スーパーDrとの出会い
とにかく、木原Drのホームページを見てください。TYさんに言われ、ホームページを見ると、いきなりDrと小椋佳のツーショットが目に飛び込んだ。「そうか、小椋佳も同じ首の病気で、Drに手術をしてもらっていたのか」、もっと驚いたのは、首の後ろを3センチしか斬らない手技、低侵襲手術でもって、頚椎(7つで15〜20センチ)の手術をするという。また、頚椎の異常により、発生する症状が、私の症状とほとんど一致している。しかしページを繰ると、年間350人の手術をしていて、現在、手術を待つ患者は3年待ちとのこと。一瞬、ガクッときたが、「但し、相談に応じるとのこと」少し希望が沸いてきた。TYさんに電話。彼女は3年前に手術を受けたが、状態により早く手術をしてもらえることがわかった。TYさん「とにかく、一刻も早くDrの診察を受けてください」家内と二人で滋賀県まで、始発電車に乗って、診察を受けに行った。TYさんの助言によりMRIの写真をもって。運よく、診察室に入れてもらえた。入った瞬間、Drの顔を見た瞬間、これは救われるかも知れないと感じた。Drの温和な顔が仏様に見えたのだ。Dr「かなり、酷い状態ですね。私が直しますから、でもすぐというわけにはいかないのです。今、私の手術を待っている患者さんは3年半待ちの状態なのです。あなたの場合は、危険な状態になっているので、必ずこちらから連絡しますので、それまでは絶対転ばないようにしてください。車の運転もダメです。首に衝撃を受けたら、一生、寝たきりか車椅子椅子ですよ」と言われたが、帰りにようやく希望が持てたことを確かに実感した。家内に話すと家内も同じ思いだったと言っていた。スーパーDrとの出会い、またそこに導いてくれた部下のTYさん、不思議な因縁というのか、自分は一人では生きていないことをつくづく感じた。
更新日時:
2009/09/17
首の手術に備えて
手術までの間、どういう生活をすべきか、色々考えた。転倒できない、寝たきりか車椅子といわれていることから、どうすべきか。私の兄夫婦「家から一歩も出ないで、じっとしていること」との忠告。しかし、私はそれには従わなかった。なぜかというと家の中でも、階段とかお風呂とか、とにかくどんな場面で転倒するかわからない。じっとしていると足腰が弱る。それなら、転倒しそうになったときに踏ん張れるように足腰を鍛えた方がいいのではないかと考え、毎日スクワットをし、手術の連絡が来るのを待っている間、家庭菜園に精を出し、気を紛らわせていた。
更新日時:
2009/09/16
いざ、手術!
ようやく、手術の日が決まった。6月の29日に手術しますから、26日に入院してくださいとのこと。有難い。家内と涙を流して、手術に備える日々が続く。持ち物すべてを持ち、26日の朝、兄貴の車で滋賀県の病院へ無事到着。手術までの3日間は、特にすることもなし。とにかく体調を整えるようDrから指示あり。初日の昼食後、いきなり外出した。というのも病院の付近を知っておきたかったからだ。昼過ぎ、病室に戻ると、家内と部下のTYさんがしゃべっていた。彼女は、わざわざ入院日に様子を見に来てくれたのだ。後で聞くと、帰りに木原スーパーDrにもお会いし、おそらく私のこともお願いしてくれたのでと思う。本当に感謝の気持ちで一杯だ。29日、遂に手術の日を迎える。朝から、その日に手術を受ける患者への注意事項を聞く。4名いた。ということは、スーパーDrと脳神経外科部長が午前、午後に1名ずつ手術をするという。私は、スーパーDrの午前の部に入っていた。当初、3時間の手術で出血は50ミリリットルとのこと。病名は頚椎脊柱管狭窄症だったが、実際5時間半かかり、出血は500ミリリットルだったらしい。病名も脊柱管狭窄症から、変形性頚椎症となった。思っていたよりかなり状態だったらしく、頚椎の3,4,5,6番は切断し、人工骨を埋め込む、また1,2番についてはくっ付いていたので、それを離す手術が必要になった、と後で聞かされた。
更新日時:
2009/09/17
肩から下が泣いている
麻酔から目がさめ、手術が終わったことを自覚したのは夕方だったか。家内や子供たちが見守る中、あまり心配かけたくなかったので、気強くしていたが、家族が帰った後、痛みが襲ってきたのだ。当初は切り口が痛むのかと思っていたのだが、予想に反してというのか、到底思いもよらない痛さが起こってきた。肩から下が悲鳴を上げている。とにかく肩から足のつま先まですべてにわたって、痛い・苦しい・シンドイ、何と表現したらいいのか、また、自分がこの状態で朝まで乗り切れるのか、不安な夜を過ごした。首の病気のことは、首や脳は知っているが、肩から下の部位は、今までそんなに首が悪いなんて聞いてなかったと言って、一斉にブーイングを発しているように思えた。首はカラーで固定され自分では寝返りを打てない。仰向けに寝かされている。横向けになりたいときは、ナースを呼ぶように言われている。あまりの苦しさにナースを呼んだ。2人来た。右を向かせてもらった。少しすると先ほどより苦しくなってきた。また、ナースを呼んで、今度は左を向かせてもらった。やはり苦しい。悪いと思いながら、またまたナースを呼んで、元の仰向きにしてもらった。そんなこんなで、ようやく夜が明けた。
更新日時:
2009/09/27
Last updated: 2009/10/14