阿弥陀寺だより |
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平成20年夏季 第17号 | ||
人生のお土産(みやげ) 住職 野口泰宏 お釈迦さまは「一切皆苦」(生きていくことは全てが苦である)と説かれました。 いつまでも元気であり続けたいと思っても、知らずのうちに日々老いていきます。欲しい物が手に入らなかったり、あるいは悪口に耳をふさぎ、あるいは暑さや寒さに出合い、悲しい別れに涙を流します。 「こんなはずではなかった、あの時にああしておけば」と後悔し、愚痴(ぐち)を言っても過ぎ去った月日は帰ってきません。 人生のお土産とは、その苦を乗り越えていく勇気、その苦難に負けない力だと思います。 父や母と別れた時、我が子と別れた時、友と別れた時は本当につらく悲しかったけれど、その悲しみを乗り越えました。お蔭で今まで他人事だと思っていた別れの悲しさを心から実感することができました。これからは人の悲しみを我が事のように考えて生きていきます。こんな病気を与えられました。でも精一杯生きました。 いつの日かご先祖にお会いした時「よく頑張ったね」とほめてもらえるほど今日のいのちを大切に生きました。これが本当の人生のお土産だと思います。 旅は帰るところがあるから楽しいのです。そして私たち一人一人が人生の旅人なのです。 私たちの心にしっかりと故郷を定めて、そこに待つ人々への本当の「お土産」を用意しながら、人生という毎日の旅をできるだけ楽しく送っていきたいものです。 |
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8月2日(土)午前8時半から おせがきのおつとめをします ご先祖先亡のご回向を行うお施餓鬼(せがき)を、例年のとおりおつとめさせていただきます。 ご先祖に英霊が在るお家は、午前8時半までにお参りください。一般の回向の前に英霊(えいれい)回向があります。 また、新たに永代せがきを申し込まれたお家(初盆のお家など)は、施餓鬼会の最後(午前10時半頃)に一霊ずつご回向させていただきます。ご親族の方々でお参りください。 |
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夏の風物詩… 盆おどりの由来は? お盆になると、あちらこちらから太鼓の音とともに音頭(おんど)の声が聞こえてきます。 盆おどりは元々、仏教と深いつながりがあります。その起源は、お釈迦さまの弟子であった目連尊者(もくれんそんじゃ)が餓鬼道(がきどう)に落ちていた亡き母を救うことができた時、感きわまって踊ったのが最初だといわれています。 そのいい伝えから、招いた祖先の霊をなぐさめて、再び送るための踊りとなってきました。平安時代に空也(くうや)上人がはじめた「念仏踊り」が引き継がれて一般に広がり定着しました。また室町時代には、はやしものが取り入れられ、現在のように音頭をまじえ、娯楽的な形になったのは江戸時代と言われています。 娯楽の少なかった時代に、人々の数少ない楽しみの一つになりました。 また、盆踊りの「やぐら」は精霊棚(しょうりょうだな)の象徴ともいわれています。 |
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えっ、これも仏教語その4 〜「袖(そで)すりあうも他生(たしょう)の縁(えん)」〜 一つの生を受けて今あるのが、今生(この世)の姿です。 その生(命)を受ける前の世が前世で、今生ではないので「他生」といいます。 仏教の考え方では、袖が触れ合う程度のわずかな巡り会いも、他生でのなんらかの縁によって起こると考えられています。 過去・現在・未来にわたって、限りない生(命)に一つ一つ縁があり、単独で一つの物事が起こっているのではないと考えられているのです。 道を行く時、見知らぬ人と袖が触れ合うことも、前世の因縁によるものだというのが仏教の考え方の一つなのです。 どんなに小さなこと、ちょっとした人との出会いも深い因縁によって起こるのですから、出会いは大切にしたいですね。 |
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