阿弥陀寺だより

平成26年春季 第41号
  
「習(なら)い 性(せい)となる」
     住職 野口泰宏

 仏教では、過去の原因が現在の結果となること、つまり「因果(いんが)」ということをよく言いますが、これは私たちが日常に経験することでもたくさんあります。
 たとえば、はじめは一滴の酒も飲めない人がいて、友人にすすめられて無理に一杯を口にしても、とてもおいしいとは思えませんが、年月を重ねて飲み続けるうちに、その人はりっぱな酒飲みになります。
 また、仕事や習い事やスポーツなども、習いはじめより日が経つにつれて上達します。これを昔の人は、「習い、性となる」と言いました。習慣は、その人の生まれつきの性質のようになるという意味です。
 こういうことは毎日のようにおこない、自然に身につくので、あまり気がつきませんが、何事も最初は過去のある瞬間にはじめたことですから、その原因が現在の結果となり、習慣になっているのです。ですから、何事もよい習慣を身につけるようにするのが大事です。
 鳥は美しくさえずるようになるには、親鳥たちの鳴き声をまねることが必要だそうです。考えてみれば人間も親のすることをまねることから覚えるものです。
 また、骨董屋(こっとうや)の主人は、新米の小僧さんを教える時、最初は良い物ばかりを見せるそうです。一級品ばかりを見ていると、自然に良い眼を養うことができるからです。
 それと同じように人は最初に良い教えを聞くことが大切なのですね。

「極楽浄土」はなぜ阿弥陀如来の浄土なの?

 『阿弥陀経(あみだきょう)』というお経に次のようにあります。
 「従是西方 過十万億仏土有世界 名曰極楽」
 (ここより西の方 十万億の世界を過ぎたところに、一つの世界があり、その世界は極楽という名前の国である)と。
 極楽とは楽しみを有する世界、安楽、安泰の世界です。この浄土を西方極楽浄土と呼んでいます。そこは阿弥陀如来の仏国土です。
 仏教では様々な仏が、それぞれの仏国土を持っています。
 薬師如来の瑠璃光(るりこう)浄土、大日如来の密厳(みつごん)浄土、観音菩薩の普陀落(ふだらく)浄土なども浄土とされていますが、もっとも知られているのが阿弥陀如来の浄土で、浄土といえば西方極楽浄土をさすようになりました。
 阿弥陀仏に向かって常に一心不乱に「南無阿弥陀仏」と称えることにより、仏もまた私たちを念じて、仏と同じ知恵と慈悲を身につけさせて、私たちを「極楽浄土」へと往生させていただけるのです。

春季彼岸会のおつとめは
 3月21日(祝)午後1時半から


 例年のとおり、春季彼岸会の法要をつとめます。
 今年の彼岸の入りは3月18日(火)です。
 ご先祖や有縁の方々のご回向をさせていただきます。先立たれたご先祖を偲び、感謝の気持ちを皆さんと一緒にささげましょう。
 なお、ご回向の後、前住職による法話も予定しております。
 ご家族、ご近所お誘いあわせて、阿弥陀寺へお参りください。

毎日のおつとめ
 日常勤行式その7


 毎日のおつとめ「日常勤行式」を少しずつ見ていきましょう。

  
総願偈(そうがんげ)
 

 
 衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがんど)
  煩悩無辺誓願断(ぼんのうむへんせいがんだん)
  法門無尽誓願知(ほうもんむじんせいがんち)
  無上菩提誓願証(むじょうぼだいせいがんしょう)
  自他法界同利益(じたほうかいどうりやく)
  共生極楽成仏道(ぐしょうごくらくじょうぶつどう)


(意味)
 生きとし生けるものは数えようもなく多くても、それらすべてのものをさとりの彼岸に到達させることを誓いを立てて願います。
 悩み、迷いは限りなくてもそれらを断ち切りたいと誓いを立てて願います。
 仏の教えは数えきれないほど多くても、これを知り、理解したいと誓いを立てて願います。
 生きるものすべてが、自分も他人も等しくご利益を得て、ともに極楽に生まれて、仏の道を完成させましょう。


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